カダフィ大佐の息子サイフ・アル=イスラム・カダフィが銃撃で死亡したと報じられる
ストックホルム、2月4日(Hibya)— リビアの元指導者ムアンマル・カダフィ大佐の息子、サイフ・アル=イスラム・カダフィが銃撃により死亡したと報じられた。
リビア通信によると、かつて父の後継者と目されていた53歳のカダフィの死亡は、火曜日に政治チームの責任者によって確認された。
一部の情報源は、カダフィが自宅で「4人組のコマンド」による暗殺で殺害されたと主張している一方、妹はリビアのテレビに対し、アルジェリア国境近くで死亡したと述べた。
サイフ・アル=イスラム・カダフィは、1969年から2011年の蜂起で打倒・殺害されるまでリビアを統治した父に次ぐ、最も影響力があり恐れられた人物と長く見なされてきた。
1972年生まれのカダフィは、2000年から政権崩壊までの間、リビアと西側諸国との関係改善に重要な役割を果たした。
父の失脚後、反政府抗議の残忍な弾圧に関与したと非難され、ザンタン市で対立する民兵組織により約6年間拘束された。
国際刑事裁判所は、2011年の抗議弾圧における役割を理由に、人道に対する罪での裁判を求めていた。
2015年、西部で国連支援政府が支配するトリポリの裁判所により、弾圧への関与を理由に欠席裁判で死刑判決を受けた。
しかし2年後、東部トブルクで民兵により恩赦法の下で釈放された。
カダフィ政権崩壊以降、リビアは複数の民兵が支配する地域に分裂し、現在は2つの対立する政府に分断されている。
父の統治下で公式な政府職はなかったものの、核開発計画放棄につながった交渉を含め、政策形成や重要な交渉を主導した。
これらの合意により国際制裁が解除され、一部では変化するリビアの改革的で受け入れ可能な顔と見なされた。
カダフィは常に父から権力を継承する意図を否定し、権力の手綱は「相続される農場ではない」と述べていた。
それでも2021年に大統領選への出馬を表明したが、選挙は無期限延期となった。
日本のニュース通信社 Japan News Agency